いつもリクエストをありがとうございます。前回は「速読について」でしたが、○○さんはいろいろなことに関心をお持ちなんですね。
ところで、いわゆる目利きといわれる人たちが、本物とニセ物を見分けるためにどのようなトレーニングをしているかご存知ですか。じつは、本物だけをひたすら見続けるのだそうです。そうすることで、ニセ物との違いがひと目でわかってくるというのです。
味や匂いについても、同じようなことが言えるのでしょうか。おいしいものやいい香りだけに接していると、脳が記憶して、そうでないものとの区別がつくようになるのでしょうか。
■味覚や嗅覚は鍛えられるか
(味を感じる器官)
わたしたちは、おもに舌で味を感じとります。これは、口の中で溶けた味物質が、舌の表面の味蕾(みらい)とよばれる組織にある味細胞(味覚細胞)という受容器を介して、そこから伸びる神経が脳に伝わることによります。味蕾の頂点には味孔というものがありますが、ここで味物質が味細胞を刺激して興奮をおこさせます。
成人にはおよそ9,000個前後の味蕾があるといわれます。そのうち3分の2が舌の表面に集中し、残りの3分の1は、上顎の奥や喉の奥から食道にかけて分布しています。ビールを飲んだときによく言う「喉ごしの味」は、喉の奥で感じているわけですね。味蕾は、乳幼児ほど多いのですが、その後はだんだん数も分布する範囲も少なくなっていきます。
(舌の部位)
味の基本には、「甘み」「酸味」「塩味」「苦味」「うまみ」の5種類があります。それぞれの味は、舌のどの部位で感じるかをみてみましょう。
甘味:舌の先端部分
酸味:舌の両側端部分
塩味:舌全体
苦味:舌の後方部分
上に挙げた味のほかにも「辛み」だとか、「渋味」「えぐみ」といった味覚があります。辛みは、舌の先端部分で感じますが、口腔粘膜の痛覚や温覚に味覚が加わった複合感覚といわれ、渋味は口腔粘膜の収斂感と味覚の複合感覚であるといいます。また、粘膜の表面に金属イオンが結合すると、金属味を感じます。血は鉄の味がするといいますね。
しかし、食べ物のおいしさは、いろんな要因に影響を受けます。食べ物自体のおいしさもさることながら、食べる人の健康状態や食事体験、食卓の環境なども大きな決め手になります。次の図にまとめてみます。
甘味・酸味┐
塩味・苦味│基本味┐
うまみ ┘ │公義の味┐
│(味覚)│
辛味・渋味 ┘ │風味┐
│ │
香り (嗅覚) ┘ │食べ物自身┐
テクスチャー・温度(触覚) │の要素 │
│ │
色・形状 (視覚) │ │
音(咀嚼音) (聴覚) ┘ │おいしさ
│
食卓環境 ┐ │
食習慣・食体験・食文化 │食べる人側│
生体内部環境(心理状態・健康状態)┘の環境 ┘
(鈴峯女子短期大学 岡本洋子助教授の文献を参考)
(味覚を感じる脳)
味細胞という受容器が刺激されて、そのときにおこる興奮(電気信号に変換される情報)は、味覚神経線維を介して中枢に伝達されます。こうして脳幹部まで伝えられた情報は、視床を経由して大脳皮質の味覚野に伝えられます。
同時に、香り(嗅覚)や温度(触覚)など別々の感覚器で受容された情報は、大脳皮質のそれぞれの感覚野に伝わります。そして、それぞれの情報が大脳皮質連合野で統合されて、わたしたちが感じるおいしさという総合的な評価になるわけです。
さらに大脳皮質連合野の情報は、扁桃体というところに送られて、過去の食事体験との照合がおこなわれます。扁桃体から視床下部に情報が伝わり、摂食行動をおこさせるかどうかが決まります。扁桃体の情報は、記憶をつかさどる海馬や大脳皮質連合野にも送られて、おいしさに関する記憶が形成されていきます。いろいろな物を食べれば、それだけ多くの情報が蓄積されていくわけですね。
┌───→視床下部
│ (摂食行動)
│ ↑
大脳皮質の各感覚野──→大脳皮質連合野←→扁桃体
(味覚・嗅覚・視覚など) (総合的な判断) (食事体験との照合)
↑ ↓
└─────海馬
(記憶の形成)
(鈴峯女子短期大学 岡本洋子助教授の文献を参考)
味覚は神経の状態や疲労で変わります。精神的なストレスを受けると苦みの感じかたが鋭くなったり、運動のあとでは酸味の感度が鈍るといわれます。これはだ液の成分が変化するためと考えられています。
(トレーニング法)
年をとると味蕾は少なくなりますし、鍛えて味蕾の機能を向上させることはできませんが、自覚や嗅覚を鋭敏にすることはできます。正確にいうと、舌からの情報を脳で拾いあげるときの感度を研ぎ澄ますことは可能だと思います。
味覚に個人差はありますが、多くの場合、味を感じ分けることができないのではなく、それを形容する言葉や、その基準となる味を知らないだけといわれています。こうした能力を高めるためには、いろいろな物を食べてみることが大事でしょう。真偽を判定する目利きの場合とはことなり、同じ物だけを食べていると何がおいしいのかも分からなくなります。ですから、味に関する記憶(データ量)を増やしていくことです。
匂いについても同様でしょう。たとえば、ベルガモットやゼラニウムの香りがすると聞いて、すぐにピンときますか?知らないと形容できないのはしかたがありませんね。
あるブレンダーは、風味を言葉で表現するのは難しいというので、一枚の絵に置きかえて印象をインプットするのだそうです。また、ティーテイスターの中には、トレーニングのひとつとして、爪ようじに砂糖、レモン水、辛いものなどの味をつけて、それを舌のいろいろな場所にあて、ずばりどこのポイントで感じるかという実験をするのだそうです。舌の味覚部位も多少の個人差があるので、自分の舌の感覚を知ることは大切なわけですね。
味細胞は10日周期くらいで新しい細胞に代わっていますが、味細胞を衰えさせないためには、口の中を清潔に保っておくことも必要です。
(食べ物の味の成分)
ここで、味物質について簡単にふれておきましょう。食べ物にはいろいろな成分が含まれていますね。ところが自然の食物には、甘味や酸味のあるものはそれほど多くないのです。じっさいに甘味のある糖は、果物とサツマイモやカボチャなどの野菜には含まれていますが、肉や魚のグリコーゲンには味がほとんどありません(もちろん、サトウキビやテンサイからとれるショ糖はべつです)。酸味も果物と一部の野菜だけです。このように、糖や酸は食物にとっては味の主役になっていないわけです。
じつは、食物の味は、「アミノ酸」「うまみ物質」「塩」という単純な成分できまっています。たとえば、甘味はグリシンやアラニン、苦味はロシシン、うま味はグルタミン酸といったアミノ酸が作用しています。
(味覚障害)
体内で亜鉛が不足すると味覚障害をおこします。亜鉛を多く含む牡蠣、牛肉、青魚、豆類、海草類などの食物を摂るようにするとよいでしょう。
鎮痛薬のアスピリンや降圧剤、抗生物質などを服用しているときは、味覚が減退することもあります。薬の成分と体内の亜鉛が結合して尿の排泄が高まることにより、亜鉛欠乏の状態を引き起こすことが原因だそうです。また、アルコールを飲みすぎると亜鉛不足をまねくともいわれています。食生活で不足しがちなときは、サプリメントで補うという方法もありますね。
(参考図書)
下記の書籍は、味物質と匂い物質の構造や、それを感知する生体のメカニズムについて、身近な話題をおりまぜながら科学的に解説しています。少し専門的ですが、なかなか興味深いと思います。本回答でも参考にしました。
『味と香りの話』 栗原堅三著 岩波新書 1998.6.22
■補足/おいしいコーヒーの飲み方
コーヒー党の○○さんですから、おいしいコーヒーの作りかたなどはご存知かもしれませんが、下記のウェブサイトもご覧ください。コーヒー店の店主のこだわりかたには多少の違いはあるのですが、参考になると思います。ご自分に合った方法をお試しください。
コーヒーメーカーよりも、ペーパードリップを使ったほうがデリケートな味になるみたいですね。注ぎかたを自分でコントロールできますので。細く湯を注げる細口ポットなどもあると便利です。
・フクモト珈琲
http://www2u.biglobe.ne.jp/~fcoffee/tanpou2.html
・鷲コーヒー店
http://www3.omn.ne.jp/~washi/irekata.html
・山田珈琲
http://www5b.biglobe.ne.jp/~y-kohi/sub06.html
・フレーバーコーヒー
http://www.flavorcoffee.co.jp/index10-main.html
・カフェ・バッハ/「発掘!あるある大辞典」より
http://www.ktv.co.jp/ARUARU/search/arucoffee/coffee4.htm
・(社)全日本コーヒー協会
http://coffee.ajca.or.jp/chisiki/chis31.html
ちなみに、コーヒーの産地や銘柄ごとの品質を鑑定するために味覚検査をしている人たちを「カップテイスター」というそうです。ブラジルではクラシフィカドールとよばれ、国家資格です。
モカやキリマンジャロなどの豆に独特な香り、酸味、甘味、苦味、コクなどは、ご自身の舌をつうじて脳に覚えこませるしかありません。違いがわかるようになるには、なんといっても知識と情報を増やすことが大事ですから。
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